同種の法則についての考察

 

 

 

こんにちは。 ひろみです。

 

2月最後の今日は久しぶりの雨です。

 

小さい頃から雨の日は好きです。

 

雨の日はみな口数少なくなり

 

窓の外に聞こえる音を聞きながら

心が落ちついて、自分と繋がりやすくなる気がします。

 

 

 

 

 

最近息子がハンバーガーショップに行きたがります。

 

なぜならおまけに付いてくるオモチャが大好きなトーマスだからです。

 

わたしはハンバーガーやジャンクフードには防腐剤はじめ身体にあまりよくない食品添加物が入っていることを学校の授業で学んだり、

添加物の多い食品についての本を読んだりしていたので自ら某ハンバーガーショップに行くことはありませんでした。

 

でも息子が本当に嬉しそうに店の前のおまけのオモチャを見つめるので買って食べることにしました。

 

正直、かなりのチャレンジでした。

 

まず、自分の中にあるハンバーガーは身体に悪いという考えを変えることから始めました。

 

自分が美味しいと思って楽しい気持ちで食べれば身体に悪さをするわけがないと。

 

 

ハンバーガーやポテトチップスや、好きなものたくさん食べて長生きしている人もいれば、

 

私の祖母のようにプルーンやプロポリスや身体に良いと思うものを選んでいつも健康に気をつけて生活していたのに癌になる人もいます。

 

 

ようは、物質そのものが悪いのではなく、食べ方の問題なのだと。

 

 

悪いものだ、食べてしまった、という罪悪感から食べたらそれは悪く作用するだろうし

 

美味しい、大好き、幸せだなと思って食べたら身体に悪さはしないと思うのです。

 

 

 

そんなふうに自分の中のハンバーガーは悪いという善悪の価値観を外していきました。

 

 

先日風邪をひいてひどい頭痛に何日も起き上がれなかったときにも、

頭痛薬を飲みました。

 

 

薬は悪いものだから飲んではいけない、症状を出しきらないと、薬で抑圧してはいけない。

 

という考えから、

 

 

レメディを選べないほど頭が痛いんだから限界まで我慢しないで今苦しいのを楽にするために飲んだらいい、と考え方を変えるまでかなりの時間がかかりました。笑

 

 

 

そんなふうに、しばらく毎週のようにハンバーガーを食べていました。

 

ちなみに子供たちはハンバーガーをほとんど食べずにポテトばかり食べるので私がハンバーガー係になりました。笑

 

 

そのうちにふと、

たまに食べる食品添加物は身体にとって刺激となって、体内に溜まった食品添加物を一緒に解毒して体外に押し出すのではないか

と思うようになりました。

 

 

ホメオパシーの原理である

「同種の法則」です。

 

 

ある症状に対して、

健康なときに摂取すると同じような症状を引き起こす物質を取ると

バイタルフォースが体に入ってきたより大きな刺激に向かい生命維持のためにそれを押し出そうとする。

 

 

バイタルフォースがそのより大きな物質(レメディ)を押し出したときには、

もともと蹂躙していた病気も一緒に体外に出されている。

というホメオパシーの原理となっている法則です。

 

 

この法則からいえば、

ハンバーガーが大きな刺激となって、私の体内に蓄積された食品添加物を一緒に体外に押し出すということになります。

 

 

 

もともと、レメディが希釈・振盪して作られるまでは原物質を摂っていたわけです。

 

 

なので口に入る解毒が必要とされる物質も、

たまに食べることで身体に良い作用をおこすのではないかと

思うのです。

 

 

 

わざわざ食べる必要はないと思いますが、今回みたいに子どもが食べたいと言って食べることになった経緯にもわたしには意味のあることだったのではないかと思います。

 

 

 

必要なときに必要なことが起こるのは天からのサインであり、メッセージのようで、

 

寅子先生の言葉を借りれば

「わたしを生かそうとしてくれる目に見えないなにかがある」のだと思います。

 

 

 

ハンバーガーも否定的にとればそこで食べないという選択もできましたが、

肯定的にとった結果、こんな考えに行き着きました。

 

 

語弊を承知で敢えて述べるなら、

原子炉から漏れた放射能でさえも、もしかしたら日本人に溜まった毒出しのための大きな刺激だったのではないかと思うことさえあります。

 

 

わたしたちの身体もまた生きようとする強い解毒力を持っていると。

 

 

全て地球が、わたしたちを生かそうとするために様々なことを引き起こしているのかもしれないと。

 

 

そう考えたときに、

もしレメディがなくてもその人に必要なものはちゃんと周りにあって、

自分と繋がって自分の心の声を聞いていれば目の前にそれは現れていると思うのです。

 

 

それは出会う人であったり、言葉であったり、音楽であったり、食べ物であったり、出来事であったり。

 

だから安心して生きていればいいと。

 

 

いま、辛くて苦しくても、目に見えない生かそうと良くしようとする力が働いているから。

 

きっと今は必要だからやっているのだと。

 

今の状況や感情がずっと続くわけではないのだと。

 

過程や方法は人それぞれで、

 

そのプロセスがとても尊いものなのだと、

 

いづれかけがえのないものになるのだと思うのです。

 

 

 

愛をこめて💓

 

 

 

 

(今日長靴を履こうと思ったら中にりんごが入っていました!

娘か息子の仕業かな。)😆🤣

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KAI   HIROMI

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次回の満月は、宇宙元旦だよ!『73』

前回1月の満月は、月が地球に近い
スーパー満月のエネルギーを感じて

フルボルテージ
で綴りました・・・・笑

いざなみプロジェクト

73(なみ)です!

先日2月19日に迎えた
2月の満月は、

2019年で最も

地球に最接近するスーパー満月!!

1月2月と連続で起こるのも
珍しいのですが

お月様の姿は、たとえ見えなくとも

月のエネルギーは、
バッチリと感じていました❣️

そもそも

月のエネルギーを感じやすかった私は、

15年ほど前

当時、
エメラルドグリーンの海が見える

宮古島での
ディープな島生活で

いつもいつも

潮位と風向きを気にしながら

ひたすらに海に通い
サーフィンに
あけくれていました

こんな生活になる前は、

いつも仕事や
誰のことや時間に
追われるばかりで
意識は、いつも自分以外の外側

そんなこれまでの生活とは
まるで真逆な島暮らしのおかげで

自分の身体や心について
考えさせられる時間が増えていき

今まで
見ようとしてこなかった

自分の体の反応や
感情の変化という
意識の内側へ
敏感になっていきました。

それに

台風の猛威や
人間には、どうすることもできない
圧倒的な力をも目の当たりにする出来事
自然界と密接だったおかげで
本来の生きもの力やエネルギー生命力
というものに触れてながら

自然界と会話することは
私にとって

とても日常的でした。

 

自然界は、見事なほど
問いかけに
わかりやすく答えてくれるんです
(それは、また いずれ詳しくね💕)

だからと言って・・・


島の人が

み〜〜〜んな月の満ち引きが
人間に影響を与えるなんて
理解しているわけじゃなく

 

あまりにも
月の影響を受けすぎて

日常の生活に支障ができるようになってからは

私は、やっぱり
なんか
おかしいのかな??

 

そんな風に
思っていた時に

気づいたのが

潮の満ち引き!!!

 

 

海の
潮位というのは

月の引力によって
起こりますから

体内の8割が水でできている人間の肉体も
月の満ち欠けに合わせて

変化を起こしてるのは

と〜〜て〜〜〜も〜〜〜

自然なことだったわけです!!!

その時書いた6年前の記事が
こちら
臓器の漢字には
全てが、ツキますから❣️
肝臓、胃、肺、心臓、腸…
などなど
月は、肉体
つまり、潜在意識と
密接な関わりを持ちます
新月・満月付近は、大潮です
この満ち引きが最も激しくなるので
この引力を
人間が感じないはずがない!!!!!

もちろん

その反応は、

潜在意識の持つ
記憶による生き方によって

人それぞれ

誰かと一緒なんてはずもなく

ただ、

影響を与える
という意味では

交通機関の支障や事故

数字でも立証もされていますから

予定通りいかないこと

いつもと違うことが起こるのは、

とてもとても

自然なこと💕

image

つ〜〜ま〜〜り〜〜

人間は、

自然界の一部であり

宇宙の一部だってこと!!

月以外のあらゆる惑星の影響を受けて
生きています

暦は、そこから生まれたのかもしれません

私の中の体感では、

これらの
タイミングでは、

とくに

記憶の貯蔵庫でもある
潜在意識から
あらゆるデトックスが起こります

過去の記憶・自分でないもの
常識的な価値観

良いとか悪いとかの善悪や
ジャッチメントや思い込み

これらの制限を

手放すことができるのです

 

 

そのための感情の
吹き出しや

熱も症状も
起こる出来事も
実は、

生まれ変わりの大浄化!!!

出せるものは、
出せる時に

出し切ってしまおう!!

おかげで

自分のいろいろが
出てくることを

恐れずに、認めて許して
手放していくことが
容易になりました。

ですからね〜〜

沖縄は、琉球
竜宮城とも言われますが・・・

宮古島の10年間で
竜宮城に行って

玉手箱を渡されたように

実は、魂の進化は加速したみたい

人格や性格や
一切合切が

今となっては、
別人のように
激変して

帰ってきました

そんな生まれ変わりの
大変容を

助けてくれたツールは
沢山ありましたがその中でも
大きく私を助けたのが

ホメオパシーでもありました!

話は、お月様🌜に戻って

間も無く迎える
次回の3月満月は、

とてもとても

重要な大きな節目を迎えることになります

次元上昇
アセンションの扉が開く

アセンションゲートとも言われる

ポイントは、

ひと月という
の節目でいうなら・・
新月、満月


太陽
の節目で言うなら

冬至、春分、夏至、秋分

これらは、古代から
重要なエネルギーチェンジのポイントでしたから

様々な儀式が行われきました

それに
こんなタイミングでは

新たな次元には
持ってはいけない
古くて重いエネルギーの
吐き出しが
起こるからなんですね❣️
いよいよ
到来した

霊性の時代は

繊細な人ほど

本質に還る
魂の目的へと
目覚めてゆきます

わたしたちは、

今、まさに

時代の大変容期の

真っ只中!!!!

私は、今回の2月のスーパー満月では

2020年と言う
大きな節目に向けて

数万年も平和を築いた
縄文を世界へ伝えて行く

古代巫女復活のための

日月神示をもとに

縄文舞の
ワークをしていました。

月と日(太陽)

これら
真逆の極を結んでいうことは

霊体と肉体という
意識を持つ

本来のヒト(霊人)の
役割でもあります。

あちらとこちらを結ぶ

ククル

括る

あちらこちら
真逆を結ぶことができる

日常に、今ここに、誰もが
神様であり
行いの全てが御神事!

そんな

201年とは、

本当に!!

陰陽を括る

陰陽統合の時のようです

だってね〜〜〜〜

春分は、毎年
宇宙レベルでの年明けという
意味で

宇宙元旦と言われています!!!

な、な、なんと
次回3月の満月は、

春分と重なるんです!!!!

つまり

春分という太陽の節目と

満月というの節目が

同日に重なるのは、

珍しくて
19年ぶりなのです!!!

わかります?

これ
日と月の
御神事なのですよ〜

これぞ
201

くくりの年!!!
image

19年ぶりということは・・・・
前回は、ちょうど、
2000年

ミレニアムで沸いた年ですよね〜〜〜

皆さんは
そのころは、何をしていたのかな?

私たち期生

は、年齢も世界観もバラバラなんだけど
でもそこが、
とてもとても素敵で

それでいて
とても懐かしい・・・

まるで日本の神々

八百万の神様たち
のように感じます

個性豊かで
美しい地球の多様性
そのもの

今、ご縁あって集って
まさに
この陰陽を結ぶ
2019年の
くくり年に
ぴったりですね

くくり組

今年も1年
本当にありがとう〜〜

それよりも・・・・私は・・・

進級試験???
大丈夫なのかな???

73でした。

 

イザナミプロジェクトでは
月の満ち欠けに合わせてイベントを開催してます
新月満月は、クリスタルボウル瞑想会
上弦の月は、上機嫌の会
下限の月は、ええ加減の会だよ〜〜
こちら

祖父の影

私は今セラピストとして人様の身体に触れてケアをすることを天職と思い、仕事をさせていただいていますが、私の根幹には祖父の存在があります。
祖父は周囲からはちょっと変わった人だと思われていたけれど、今思ってみれば、すごく徳の高い菩薩様のような人でした。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を地で行くような人で、
小さな借家に住み
東に病気の子どもがあれば看病に向かい、
西に家を無くした家族があれば自分の家に住まわせてやり、、と
周りの人を惜しみなく時間と情熱を傾け助けていました。
自然を愛し、人を愛し、等身大の生活を大事に生きていたように思います。
一点だけ変わった点があったのは、御浄霊と言って、「手かざし」信奉者で、病気も怪我も手かざしで治そうとしていたところです(特定の宗教ではなかったようです)。
私も家族もよく祖父から御浄霊をしてもらっていました。
遊びに行くと、ふと気づくと遠くからでも手をかざされていました。
そのせいなのか、祖父の家はとても居心地がよく、不思議とみんな気持ちよく寝入ってしまうことが多かったのは、今考えてみれば、祖父の御浄霊でα波のリラックス状態になって居たのだと思います。
あの祖父の家で感じた、暖かな春の日差しの中にいるような幸福感に包まれた状態が、今私が仕事で目指すべき方向なのかなと思います。
私が肺炎になった時にも、車酔いした時にも手をかざされるとふと身体が軽くなり、呼吸が楽になりました。
自分の娘(私の母)が大腸がんになって手術することになっても、最後まで手術ではなく手かざしで治そうと勧めていたので、周囲は若干(いや、かなり?)閉口していた感はありましたが、、、。
その話はもう20年以上も前の話で、今になってみると、物質だけでなくその取り巻くエネルギーの重要性にも気付くのですが、その当時としては祖父は変人以外の何者でもなかったので、時代の3歩くらい先を行き過ぎていて残念だったなと思います。
スプーン曲げをしてみせてくれたり、梨を手刀でスパッと割ったりと、驚くようなことをしてくれたりもしました。
私もホメオパシーを始めてからは、家族も含めて周囲からは変人と思われるようになっており、理解されないもどかしさや不甲斐なさ、若干の孤独も感じますが、気付けば祖父がしていたことと同じようなことをしている時があり、祖父の存在をより身近に感じられるようになって、とても嬉しかったりもします。
最後に、‘‘そういうものに私はなりたい‘‘宮澤賢治の雨にも負けずで終わらせていただきます。
ありがとうございました。
 
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
 
南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩

ライ麦畑とS先輩

こんばんは。智(さとる)です。

テスト期間からずっと昼の仕事が忙しくて、明日も休日出勤せねばななか、

はたして今日中にUPできるのか?!・・・怪しいところです。

→できませんでした(笑)。

さて。前回、

「ライ麦畑について書く!」

と息巻いておりましたので、書きます。

僕はこの小説が高校時代大好きで、いろんな人に勧めまくっていました。

ちなみに、村上春樹は好きじゃないので、例のあれは読んでいません。

そのなかで、僕が好きな主人公の言葉があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<ざっくりまとめるとこんなシーン>

退学になった主人公が寮から追い出されて家に帰ると、両親は外出中。

そこで仲のよい妹に放校になったことを告げます。

放校になったことを知ると妹は主人公に、

「お兄ちゃんは世の中のことすべてが気に入らないのよ」

と言います。主人公はそれを聞いて落ち込み、考えた末、自分がなりたいのは、ライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、崖から落ちそうになったときに捕まえてあげる、ライ麦畑のキャッチャーのようなものだと妹に伝えます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シーンがわかったところでいってみよう。それ!

「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、

そこで小さな子供たちが、

みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。

何千っていう子供たちがいるんだ。

そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。

で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。

僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、

その子をつかまえることなんだ――つまり、子供たちは走ってるときに

どこを通ってるかなんて見やしないだろう。

そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、

その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。

一日じゅう、それだけをやればいいんだな。

ライ麦畑のつかまえ役、

そういったものに僕はなりたいんだよ。

馬鹿げてることは知ってるよ。

でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。

馬鹿げてることは知ってるけどさ」

(J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』白水Uブックス刊 より)

僕はこの台詞をみたとき、

「わかる!!」

と一人で何回も頷いたり朗読してみたりして、

とにかく、自分の気持ちを代弁してくれていると思って嬉しくなりました。

どこにいても、なんだかはみ出してしまう自分と、

主人公を重ねてしまったりして。

よくある「大人が子供のために書いた青春小説」みたいな

そこはかとないうそ臭さがなくて、きっとこのサリンジャーって人は

大人になろうとしたけどなれなかった人なんだろうなと思いました。

これは心屋仁之助さんでいうところの「後者」の文学だと思います。

これを書くにあたって、ネットでいろいろ調べていたら、

今年はサリンジャー生誕なんと100年に当たるそうで、1月の終わりから

「ライ麦畑の反逆児」という映画が上映されているそうです。

びっくりした!奇跡!

そして、もう一つ奇跡ですが、

この本が出版された日はくしくも僕の誕生日、7月16日です。

読むべくして!この!と驚きを禁じえないですが、

しれっと話題を戻します。

僕がインナーチャイルドセラピストの試験を受けたときと

そして、今回学校に入る入学試験のとき

(そうそう、前回の記事を執筆した鈴木さんと2人で受けたんですよ)

「資格とったらどうしたい?」

ときかれたんですが、いつも具体的にこうしたいなんてものは出てこないし、

ホメオパスになるかどうかもまだわからないんですが、

僕ができるのは、キラキラ自己実現系じゃなくて、

こういう、周りが見えなくなって崖から落っこちそうになってる人を、

さっと安全なところに引っ張り上げることだろうな、

とぼんやり思っています。

周りが見えないのは精神的につらくていっぱいいっぱいだから。

辛いっていうのは感情がわきあがったり、感情を乱す状況を引き寄せるから。

崖から落ちそうになるってのは、

そのままずばりうっかり彼岸に行きそう(=死にそう)な人。

そんな状態の人たちをしれっと此岸に引き戻す、

そんなことをするんじゃないかなとずっと思っています。

僕は相談会でも「世の中のためになるようなことは何一つしてやりたくない!」

といってしまうくらい嫌だインチャの塊なんですが、

実生活で

これでもか?!

 

というくらい精神的な問題を抱えている人と会うことが多く、

かつ、そういう人たちに相談を持ちかけられやすいのです。

先祖供養でお世話になっているお寺の先生からは

「あなたはお役目がある人だから、そういう助けて欲しい人や霊が寄ってくるけど、助けられる力を持っている。でも辛いのであればそれは無視しなさい」

と言われ、同情心で助けてひどい目に遭うことが多かったので、

「もう無理、はいスルースルー」の方向でいたんですが、スルーしてたら、

学校や職場、習いごとのレベルどころでなく、

ラーメン屋の後ろに並んだ人から躁うつ病をカミングアウトされ、家までついてこられそうになった挙句、数日具合が悪くなる始末となりまして、

神様から

「おまえ、役目サボってんじゃねーよ」

と言われているのではないかと思います。。

きっと、それに対し、

「何でこんなのばっかと遭うんだ!!」

とかいっていないで、

それに動じないように心身を鍛える必要があるんだろうな、と思います。

 

今回長いけど、ちょっと大学のときの先輩の話もさせてください。

大学のサークルの先輩で、Sさんという方がいました。

Sさんは、潰瘍性大腸炎で休学をしたりしていて、

われわれ周りの学生よりも一回り近く上のお姉さんでした。

Sさんは、とにかく世話焼きの先輩でした。

あとから、いろんな話を聞いたんですが、かいつまむと、

Sさんは、他の人じゃなくて、

自分の心を救ってあげる必要があったんだと思います。

さて、2002~2006年(としがばれる)、あの頃、

ホント不思議なくらい、文学部のせいか、表現・芸術系専修のせいか、

なんだか病んで精神科に通っている人がものすごく多かったんです。

で、あるときその中の一人が入院したんですが、

その子が入院前にサークル内を滅茶苦茶荒らしていったことがあり、

代表がその子に出入り禁止を伝えたことで、

S先輩が入院した子をかばって代表と喧嘩するみたいになり、

先輩とほかのメンバーがギクシャクしてしまったんですね。

S先輩はそのストレスで体調もおかしくなってしまったそうでした。

僕はといえば、その時期に絶賛うつ状態でずっと自主休校していたのですが

先輩からの電話も出たくなくてシャットアウトしてたんですね。

正直なところ、

僕はあまり長時間他人といるのに耐えられなかったり、

打ち解けるのに非常に時間がかかるので、

「悩みを相談しなさい、もっと心を開いて話をしなさい」と

グイグイ来られるS先輩が途中から息苦しくなって、

心の中では反発していました。

そんで、そういう状態で、先輩と会うことも減っていたのですが、

暑さも和らぎ、夜は肌寒さを感じるようになった頃、

授業にしかたなく出かけると、

S先輩が大声で僕の名を呼んで突然抱きついてきて、

「これからみんなでカラオケ行くぞ、朝まで遊ぶから!

今日は本音が聞けるまで逃がさないから」

と言ってきて、離してくれない。

普段そんな強引な人じゃないのに、びっくりして、

「S先輩、もしかしてお酒飲んでますか?」

と聞いてしまいました。

先輩は、潰瘍性大腸炎だから、お酒は一滴も飲みません。

その日は、たしか、

「今はあんまり調子がよくないから、また今度」

みたいなことを何度か言って、帰る時、

「じゃーねー!」とやたら元気な声が学食のホールに響いていて、

「うわー、元気だなあ。なんだったんだろう」

と思って帰ったのを覚えています。

あ、今思い出したけど、

あの時、先輩、「また」とはぜんぜん言ってなかったです。

 

その数日後、夜友達から「S先輩が亡くなった」という電話が入りました。

原因は、潰瘍性大腸炎が悪化して、と表向きされていて

僕もそうだとばかり思っていたんですが、

数年後、S先輩と仲のよかったM先輩と一緒にお線香をあげに行ったとき、

 

 

どうしても先輩の家の居間の鴨居に目が行くんです。

なんか、着物の紐みたいなのが巻きつく映像と一緒に。

 

 

あんまり見てるからS先輩のお父さんが怒ってしまい、

僕はきょとんとしたままM先輩と帰る道すがら、

 

 

 

S先輩には躁うつ病もあり、学校に行ったときがちょうど躁状態だったこと、

ちょうど、あの僕が見た鴨居で、家族が目を話した隙に自殺していたこと

を聞きました。

びっくりして、その日は帰ってからも色々考えていたのを覚えています。

S先輩のことで、もう一つ覚えていることがあります。

やっぱり僕が先輩に話を聞いてもらっていたとき。

たしか、僕が「愛なんてただのエゴだクソが」と息巻いていたとき、

先輩が、

「私の言うことをあなたはきれいごとだって思ってると思うけど、無償の愛は本当にあるんだよ。例えば、こうやって私が、体調のこともあるしバイトもしてないのに、ファミレスでおごってあげてあなたの話を聞いているのも、あなたがよくなって欲しいから。これも、完全ではないかもしれないけど、一つの無償の愛の形だよ」

といいました。そのときパンクスで髪が真っ赤か金髪だった僕は、

「んなもんあるわけねーよ」、

としか思いませんでしたが、

先輩は、それもわかっていたうえで、こう続けました。

 

「私があなたの話をきく理由の一つはね、私がこうやってあなたの話をきいた愛を、あなたの後輩や他の人にしてほしいからなの。そして、この話をしてあげて、それが広まれば、世界はもっとよくなっていくと思うから。いつか、私の言ったことがわかるときが来るよ」

それから、

「そうしたら、先輩の言ったことは正しかったです、ごめんなさいって降参して、もっと前向きに、人生を生きているあなたの姿を見せて欲しい。そのときに、卒業してても、私もずっとあなたの人生に少しでもつながっていきたいから、卒業してもよろしくね」

といいました。

僕はそのとき、

「ペイフォワードかよ!」

って突っ込みを入れてしまい、そのときは深く考えていなかったんですが、

このことはずっと覚えています。

僕は親とか、

継続的に愛情を示してくれる人がほんとうに周りにいませんでした。

帰る場所、安全地帯と言ってもいいかもしれません。

でも、なんとかここまで生きてこれたのは、

他の人が、ささやかな優しさを向けて

おすそ分けしてくれたからに他ならないと思います。

よく偉人伝に出てくるような、才能を見出してくれるとか、母親代わりとか、

学費も出していいとこに紹介してくれて面倒見てくれる

みたいな大恩人は誰もいないけど、

そのおすそ分けがすでに無償の愛で、

ゆえに先輩が言ったことは実際に正しかったんだろう、と今改めて思います。

 

で、ここでライ麦に突然話が戻る。

 

主人公のホールデンがなりたかった「ライ麦畑のつかまえ役」。

これって、考えてみたら、無償の愛そのものじゃないかなと思うんです。

ライ麦畑で崖から落っこちそうなぎりぎりのところに立っておいて、

遊んでいる子供と深くかかわるわけでもなく、

ただ、危ない子だけをひょい、と安全なところに降ろしてあげる。

その子供は遊びに夢中だから、

そのままきっと礼すらいわずにまた遊びに行くでしょう。

でもそれでもいい、そういうのになりたいってのは、

ホールデンが言いたかった・やりたかったことは

「無償の愛を表現したい」ってことだったんじゃないかなと思います。

 

実は、S先輩のことを思い出すと、

いつも一緒にライ麦畑のことが浮かんできていたんですが、

きっと、ささやかな無償の愛、でつながっていたんですね。

書いてて気づきました。

なんだかうまくまとまらないけれども、

僕は、そうやって、

先輩やらいろんなものにハッパをかけられているんでしょう。

でもね、本当は、今ならもっと、S先輩の話もちゃんと聞けたと思うし、

自分も何度も死のうとしたから、その人の苦しみを考えたら、

「何で自殺なんて」とか「弱い」とかは思わないし、

絶対に駄目だと止めることもしないけど、

時間が止まっちゃったらもうそこまでで、もう二度と会えないから、

あの時はごめんなさいも言えないし、

カラオケ一緒に行くこともできないし

時間が経てば経つほど、もっと長く僕たちと同じように年を重ねて、

昔の黒歴史を笑いあったり、過去を懐かしんだりしたかったなあ、

今なら、もっと色々話せたんじゃないかなと思って、

ふと思い出したときにただただ、さみしくなります。

先生から、

「きみは学校は・・・う~ん、まあいいけど、とにかく本当に好きなことをしなさい。それから、稼がなきゃ駄目だ」

といわれたし、絵を描くのも好きだし、友達がお寺で修行するって言ってるのも興味あるしで、ホメオパスになるかどうかも怪しいところですが、

きっと根っこの部分は、こういうことをしろって言われてるんだろうなと思います。

次の頭の中につづく~

 

<こっそりヒーリングの仕事やってます>

https://ameblo.jp/wiseman69/

 

進級試験を終えて☆

本来ならば、明日、ブログをアップする日なのですが。。。

明日は、うちの姫さまとゆっくり過ごしたいので、頑張って更新しました☆

今日は進級試験がありました!

皆さまお疲れ様でした♡

結果、もしかしたら…私、追試かもしれません笑

が、大人になり

自分が学びたい!と思える事に

やっと出会えました。

自分の働いたお金で、学校に通えるという事。かつ、素敵な仲間たちと、切磋琢磨しあえるという環境は、とても贅沢だなぁー!としみじみ思います。

結果はどうであれ、興味と情熱を持って、生涯ホメオパシーを学び続けられる人生であったらいいな!と思っています♡

さてさて、

私とホメオパシーの最初の出会いは、9年前でした。

高校時代の親友が、ホメオパシーで治療をしていると言うのを耳にしたからです。

その時は、一緒にハワイに旅行に行っていて、大好きな自然派のスーパーを片っ端から回っている時でした。

そこで友人が、ミントが入った歯磨き粉が使えないんだ!とめんどくさそうに話していたので、大変な治療なんだねぇ…。と勝手にスルーしていました。

その次は、ビーガンレストランで働いている時、あるヒーラーさんがホメオパスでした。

ですが、朝日新聞のバッシング後ということもあったのか…、なかなか良いイメージの話は聞けませんでした。

そして3度目、妊娠後の皇居の勤労奉仕で、またまた違うホメオパスの方に出会い、体調の優れない時に、レメディーを頂きました。

今思えば、何度もホメオパシーに触れ合うチャンスはあったのに、ことごとく自分が察知してなかったなーーー苦笑

と言うことです。

人生って面白いですね♡

その後、娘を出産して、高野先生のところに通うようになって、やっとホメオパシーを自分でも、使ってみようと思えたのでした。

砂糖粒に、作用する情報が入ってると言われても、これが効くなんて、普通では信じられないですよね。

それでもやっぱり体験して、実感するとすごいなぁ!!!と思って。

とらこ先生の書籍を読み漁り、また感動して、感銘を受けて。

ハマってしまうんだなぁと。

副作用がない、と言うところも

とても魅力的だなと思いました♡

それでもなかなか、周りの人は怪しい、と、わかってくれないんですよねー!笑

分かる人が分かればいい、というスタンスで良いのかもしれません。

それでも、自分の知り合いくらいまでには、知っていて欲しい療法だなぁと

つくづく思うのです。

つづく

青い空と太陽とビーチと

こんにちは! 学校の進級試験が今週末に迫り、あせりまくっている💦 ジェルセニュームです。
ホメオパシーは大好きですが、「解剖生理学」やら「臨床病理」やら、この歳になって勉強するとは思いませんでした。
確かに将来ホメオパスになってクライアントさんに

「病院で○○と言われたんですが・・・」
「身体の症状がかれこれで・・・」
と言われたとき、
は? それって何ですかい?
というわけにはいきませんものね・・・

このブログはそんなあせっているハズの真っただ中に書いております(笑)

寒い冬に一人机に向かって勉強をしていると、真っ青な空とまぶしい太陽のカリフォルニアを想い出しました。

毎日これです。 ホントに。

前日にどんな嫌な出来事があっても翌朝窓からこの景色が見えた途端、
あー、気持ちいいよねー、今日も元気だ!」
と思えるんです。  天候って本当に人の意識に大きく影響を与えるんだといつも思っていました。

アメリカに住んでいたときは、病院といえば歯医者とノミに足中刺されて(アメリカには sand flea(トビムシ)というノミが芝生や人の家のカーペットやビーチにまで! そこら中にいるんです! アメリカ人は皮膚が固いからかあまり刺されないのに我々日本人はやたらと刺されるし、刺された跡は痣になるんです)
「一生この汚いノミの跡の足で生きていくのかしら(涙)」
と、皮膚科に行って先生に
「そんなのいつか綺麗に肌が再生するよ。こんなんで真剣に病院に来るのは日本人くらいだね」
と大笑いされたくらいでした。

そして、会社が終わった後にはオフィスの皆でビーチへGO!
バレーボールで汗を流し、

その砂まみれの汚い格好でハッピーアワー・・・いえーい!!

こんなのあり?
日本じゃ考えられませんよね。
仲間と一杯やって帰宅しても7時か8時頃・・・それからパートナーと映画に行ったりショッピングに行ったり食事に行ったり・・・というのが仲間たちの生活でした。

週末にはビーチでBBQをして、

ときどきビーチサイドをドライブしてたそがれる・・・

同じ地球上なのに、なんでこんなに生活スタイルが違うんでしょう?

この日々の生活は人間のマインドにも行動にも大きく影響すると思います。

「なぜホメオパシーの勉強をすることになったのか?」

とはよく聞かれる質問なのですが、実は自分でもなぜホメオパシーだったのかよくわからない、というのが正直なところです。ある先生が仰っていた
「あなたたちは選ばれて呼ばれてここにきた」
というのがまさに適切な表現だと思っています。

人事の仕事に長く携わり、自分自身の海外にいたときの物の考え方と日本に帰国してからの物の考え方、海外の同僚や上司と日本の同僚と上司・・・仕事のとらえ方、取り組み方など、これからブログで書いていきたいと思ってます。

今日は勉強で頑張っているクラスメートと自分にカリフォルニアの風をプレゼントでした!

 

[Andoyo] そもそもパワーストーンって何?というところから。

パワーストーンとは、
その名の通り、

力のある石
のことですね。

パワーストーン

 

例えばどんな力?

 

心が軽くなったり、

身体が楽になったり、

人間関係が良くなったり、

運が良くなったり、

結構すごいんです。

『パワー』ストーンと呼ばれる理由があるということですね。

 

聞いたことのある宝石も、もちろんパワーストーン。

世界四大宝石の

・ダイヤモンド

・ルビー

・サファイア

・エメラルド

この辺りは有名ですね。

ただ単に綺麗だから、高値で取引されているわけではなく、
ちゃんと力があるのです。

精神エネルギーを高めるのは

1. ダイヤモンド

2. エメラルド

3. サファイア

4. ルビー

の順番で、

物質的なエネルギーを高めるのは

1. ルビー

2. サファイア

3. エメラルド

4. ダイヤモンド

の順番かなーと思っています。

私の感覚ですが。

 

水晶もパワーストーン。

水晶の本当に品質の良いものは、自浄作用があり、
濁ることがなく、
他のストーンを浄化することも出来ます。

パワーストーン初心者はまず水晶から、
とは言われますが、

色々試した結果、
一周まわってきて、行き着くところは水晶だったという話も聞きます。

シンプルで、かつ奥深いです。

占い師がよく、水晶を使っているイメージがありますが、
素晴らしい水晶は、その人自身のパワーを高めることが出来るので、理にかなってるのですね。

実際には、形で置いているところが多いので、
本当に占いの力を高めるような水晶には、あまりお目にかかれませんが。

 

今回は、
世界四大宝石と水晶、

まず有名どころをお伝えしましたが、
マニアックで魅力的なパワーストーンも
たくさんあるので、
これからどんどん紹介していけたらいいな、
と思っています。

お楽しみに☆